浜端ヨウヘイと今の時代を生きるシンガーソングライターたち

浜端ヨウヘイと今の時代を生きるシンガーソングライターたちへようこそ

山崎まさよし、浜端ヨウヘイ、山下達郎、宇多田ヒカル、小田和正、家入レオ、大槻ケンヂなどと、日本には数多くのシンガーソングライターが存在しており、その数はアイドルブームである現在においても年々増えてきています。このサイトではそんなシンガーソングライターについて様々な事を真摯に考えていきたいと思います。

浜端ヨウヘイと今の時代を生きるシンガーソングライターたち

路上ライブすゝめ

日本での「シンガーソングライター」からその先まで

歌詞と曲の評価の差が生まれる

 現在、「シンガーソングライター」を「歌手を兼ねる作曲家」と答える人はいないと思われますが、かつては違いました。毎日新聞社が昭和53年に出した『別冊一億人の昭和史 昭和の流行歌手』という本に「ちかごろは、シンガー・ソング・ライター等といって、自作自演する者が増えたが、戦前は大変珍しかったのです。とくに作曲家が、歌手を兼ねて、どちらもヒットする、等という事は、本当にマレなことだった」という記述があります。

 林は作詞はしない作曲家兼歌手であり「シンガー・ソング・ライター」と呼称される以前は「自作自演歌手」は「作詞+作曲もする歌手」は勿論「作曲だけする歌手」の両方を指していたものと考えられます。そして現在でも「作詞と作曲のうち、作曲のみしかしていないケースでも、一般的にはシンガーソングライターというのに対し、作詞のみしかしていないケースには、シンガーソングライターとは言わないことが多い」。理由としては、その答えのような阿久悠の言及が昭和60年の和田誠との共著の中にあります。

 ここで阿久は「GSが流行ってきてギターが普及して、素人が曲をつくるようになりましたね。で、それからずーっとフォークの段階がきて、5年ほど前までは、やっぱり曲のほうが専門的で詞は誰でも書けるという意識があったわけです。字が書けますから。何となく詞らしきものはできます。その代わり、曲は専門的な知識とか才能が必須だって思い込みがあったんですけどね。近頃すっかり逆になってきちゃってね、曲の方が簡単になってきてるんですね。で、詞を書ける人がいないんですよ」と発言しています。

 シンガーソングライターがメインとなった昭和55年代より後はあまり見られなくなりましたが、かつてはラジオや歌謡誌等で一般(素人)から応募した詞に対して作曲家が曲を付けてプロの歌手が歌うという事がよくありました。逆に素人から曲を応募して作詞家が詞を付けるという事はありませんでした。こうした影響もあって、かつては作詞家は作曲家より下、「作詞だけする歌手」をシンガーソングライターとは呼べない、という感覚があったものと考えられます。しかし平成12年代頃からはむしろ作詞家が注目されるチャンスが増えているのです。

 というよりも作曲家、歌い手の功績を無視して、作詞家が時代を創ったかのような論調が増えています。また古くからある「作曲だけする歌手」に比べ「作詞だけする歌手」の出現は比較的最近のことで、まだ評価が定まっていないとも考えられます。この「作詞だけする歌手」は、シングルレベルでは森高千里あたりが最初と思われ、森高の歌詞を当時のマスメディアがユニーク等と好意的に紹介したことも「作詞だけする女の人歌手」のその後の急増に繋がったかも知れません。金澤寿和は「重要なのは、自己表現の手段として有効に機能しているか否か。シンガーなのだから、曲を書けるのが基本。森高千里のように、作詞はするが作曲は他人任せというケースは、広義ではシンガーソングライターに当てはまるものの、敢えてそう呼びたくありません。つまり、音や旋律で自分を表現する欲求を持つのが、シンガーソングライターの第一歩。更に自分自身の言葉を持っていれば、それが理想的なシンガーソングライターということになる」等と論じています。平成25年『Disc Collection 日本の女の人シンガー・ソングライター』という書は、「自身で作曲(作詞だけではなく)をしているシンガー」のみを掲載していて、「作詞だけするシンガー」をシンガー・ソングライターと認めていません。

俺ら、東京さ行ぐだ

小室時代のJ-POP

 昭和45年代に「シンガーソングライター」という言葉は定着したものの、昭和55年代より後に言われ始めた「J-POP」というカテゴリーでは、自作自演であることが強調されなくなった時期もありました。ビーイングや小室哲哉、つんく♂等のプロデューサー主導による楽曲や、バンドブームより後のロックバンドやヒップホップグループによるグループ単位での音楽活躍が目立ったため、ソロシンガーのイメージがある「シンガーソングライター」とはあまり呼ばれていてなかったのかも知れません。しかし今のミュージシャンは大抵曲を自作していて、むしろ自分で曲を作らない人が少数派になっています。宇崎竜童は「ここ20年くらいは、みんながシンガーソングライターになって、演歌以外は職業作家へのオファーが少なくなりましたね。『歌謡曲』というものは一回滅びたのかなと思います」と述べている。

現代ではどうなってきているのか?

 「シンガーソングライター」という表現が使われ始めて長年が経過しましたが、この表現は再び誇りを持って非常に多く使われるようになりました。平成12年代頃よりテレビ朝日『ミュージックステーション』は、自作自演歌手をシンガーソングライターと紹介することが多くて、オリコンがCDの売り上げ1位記録を「女の人シンガー・ソングライターとして○○以降の快挙」等と報道したり、専門学校や音楽スクールに「シンガーソングライター科」等が置かれたりするのは、「シンガーソングライター」という言葉自体が定着しているといえます。また、モーニング娘。の市井紗耶香が「シンガーソングライターになりたい」と、モーニング娘。を卒業したり、中村あゆみのシンガーソングライターの名曲カバーアルバムの発売等は、シンガーソングライターの先人をリスペクトする事柄と言えます。また、今の若いシンガーは、肩書を「シンガーソングライター○○」と称したり、「○歳の時に、シンガーソングライターになろうと決めた」「生涯シンガー・ソングライター」等と話す者も多く、ベテランミュージシャンの中にも肩書を「シンガーソングライター○○」と称する人が増えてきた。ホコ天上がりの元バンドマン寺岡呼人はこうした動向を「シンガーソングライター至上主義」と表現し「昭和45年代の分業制の方が結果的に後生に残るようなものを作ってる気がする」と疑問を呈しています。

 ライブハウスやストリート等で活躍しているアーティストの中にも、インディーズ事務室に属するしないを問わず、多数のシンガー・ソングライターと自称する若者達もいる。自らの演奏と歌声でメッセージをダイレクトに観客に伝えるというこのムーブメントに関わる個々のアーティストの動機・年層は様々で、メジャーデビューを夢見る者、趣味として続けていく者等多岐にわたる。また、この背景にはかつて音源の制作やその音楽配信が膨大な資本と組織を必須としたのに対し、インターネットによる様々な技術やサービスによって音楽配信が個人もしくは小規模のレーベル等のレベルで可能になったことが大きい。これらの事が「次世代のシンガーソングライター」を産み出す要因となりつつあります。

 なお演歌業界では、21世紀に入ってからも作曲家・大御所歌手への弟子入り等を経てデビューという事実上の徒弟制が残っていて、吉幾三のように自分で作詞作曲できる一部の例外を除き、殆どの歌手がベテランになろうとも師匠や外部から曲を貰えるのを待つしかない状態であります。

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一方で作詞作曲家の逆襲も始まる

 そんな一方で、作詞作曲家が自ら曲を歌うことも、誰かに曲を任せるということも無く活動していくということも最近ではメジャーになってきました。特に最近ではYAMAHAのVOCALOIDやUTAU、他にもCeVIOという音声合成ソフトウェアがあり、どんどんと性能が増していっていることから、機械に人間同様にうたわせる事が出来るようになってきています。これまでは、歌手に恵まれず活動が出来なかった人などが、作詞と作曲の技術さえあれば活動できるといった魅力や、また次第に、かつての歌謡曲のような、歌手と、作詞作曲家、PV作成、振り付け、などといった様々な物がオンライン上で分業化されていっているという面白い状況にもなってきています。かつてはシンガーソングライターがもてはやされ、全て一人でできることが求められていましたが、今は分業自体のある種の楽しさも再確認され、再び見つめなおされてきているということなのでしょう。